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第十章 永遠の書架

Author: 佐薙真琴
last update Last Updated: 2025-12-19 11:05:45

 すべての工程は終了した。

 地下アトリエの作業台の上には、一冊の書物が鎮座している。

 かつてはカビに侵され、関節を外された死体のように無惨だった『マルキ・ド・サドの祈祷書』。それが今、透子の手によって完全な蘇生を遂げ、深紅のモロッコ革の衣を纏って輝いていた。

 革の赤は、凝固する直前の動脈血の色であり、あるいは情事の後の充血した粘膜の色。

 その背表紙には、透子が命を削って焼き付けた黄金のイニシャル『A.V.』が、薄暗い照明の下で鈍く、しかし決して消えることのない光を放っている。

 それは修復された本であり、同時に、相沢透子という女が、アラン・ド・ヴァルモンという男に捧げた愛の聖典でもあった。

「……連れて行ってあげて。彼の仲間たちの元へ」

 透子は囁くように言った。

 アランは無言で頷き、その本を手に取った。

 彼の手つきは、新生児を抱くように慎重で、かつ王が王笏おうしゃくを握るように尊大だった。

 二人はアトリエを出た。

 長い螺旋階段を上る。地下の湿った空気から、地上の乾いた、埃っぽい匂いへと世界が変わる。

 到着したのは、物語の始まりの場所――図書室だった。

 天井まで届く巨大な書架。数万冊の蔵書が眠る、沈黙の神殿。

 夜の帳が下りた室内には、月光だけが青白く差し込み、舞い上がる微細な塵を銀色の粉雪のように照らし出していた。

 アランは迷いなく歩を進め、書架の一角、ガラス戸のついた特別な棚の前で立ち止まった。

 そこは、彼が特に愛する稀覯本だけが収められた、禁断の領域サンクチュアリ

 彼はガラス戸を開き、サドの祈祷書を、その隙間へと滑り込ませた。

 コトッ。

 乾いた音が、広大な図書室に反響する。

 それは、長い旅の終わりを告げる音であり、同時に、この本が永遠の眠りにつくための棺の蓋が閉じられた音でもあった。

「終わったな」

 アランがガラス戸に映る透子の顔を見つめながら言った。

「契約完了だ。君は完璧な仕事をした。報酬は約束通り支払おう。……そして
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